記事紹介経済、株価、ビジネス、政治のニュース:日経電子版

ホームレス支援誌、灯守る──部数巻き返し奔走/3年間ほとんど休まず
ビッグイシュービッグイシュー」。大阪・梅田駅前にホームレスの男性の声が響く。繁華街ではおなじみの光景となったホームレスの自立を支える雑誌「ビッグイシュー日本版」。切り盛りするのは編集長の水越洋子さん(52)だ。ユニークな販売方法で注目を集めたが、最近は販売部数の低迷など経営苦戦が続く。水越さんも巻き返しに奔走する日々だ。
 「どの表紙が一番目立つかなあ…」。大阪市北区の「ビッグイシュー」事務所。所狭しと雑誌が置かれた事務所の壁を前に水越さんが悩んでいるのは、2週間後に発売する新号の表紙。「街頭で手に取ってもらうには、とにかく目立たないと」と水越さん。印刷直前に字体や色を変えることもしばしばだ。

●仕事探す資金に

 「ビッグイシュー日本版」はホームレスが路上で販売するのが特徴。1冊当たり200円の売り上げのうち、110円が販売者の収入となり、住居や仕事を探す資金にしてもらう。現在は大阪のほか東京、名古屋など全国10都市で約120人のホームレスが販売する。

 もともと社会問題などに取り組む非営利組織(NPO)「シチズンワークス」の事務局長をしていた水越さんがホームレス問題と出会ったのは2002年。海外の文献などをもとにホームレス問題について考える勉強会を開催したのがきっかけだった。

 「実はそれまではホームレス問題に特別な関心を持っていたわけではなかった」。水越さんは打ち明ける。興味があったのは地域に密着して取り組む市民活動。勉強会を通して米国ではホームレスをシェフとして養成する講座など様々な活動があることを知り「自分にも何かできないか」と思うようになった。

 ただ、ホームレスへの炊き出しや夜間の巡回は女性1人では参加しづらい。「それならば誰でも気軽に参加できる支援活動を作ろう」。そんな時耳にしたのが、英国でのビッグイシューの成功。単身渡英して同誌を創刊したジョン・バードさんに話を聞き、日本でも仕組みをつくろうと決意した。

 バードさんの了解を取り、03年9月に知人らと共同で「ビッグイシュー日本版」を創刊。ホームレスが売るという手法が話題を呼び、ピーク時には約8万部を販売。雑誌販売による収入を元手に就職に成功した販売員も多数出た。

 ところが創刊2年目の04年夏。猛暑で街頭に立つ販売員が激減し、部数も急落した。以降の販売部数は毎号3万―4万部にとどまる。04年度に次ぎ、05年度も約1000万円の赤字。「このまま赤字が続いたら、経営資金も底をついてしまう」と水越さんは言う。

 手をこまぬいてはいられないと、水越さんは誌面の刷新や広告強化に着手した。ホームレスが読者からの相談に乗る投稿コーナーなど、雑誌の特性を生かした企画を開始。さらに書店と連携してバックナンバーを置いてもらったり、駅に広告を出したりと知名度向上にも力を入れる。

 水越さんが3年間で出張以外の旅行に出掛けたのは1度だけ。校了前は終電にも乗れない。立て直しのための誌面刷新で、水越さんの仕事はさらにハードになった。「若いころだったら、ほかにやりたいことが多すぎてできなかったかも」というが、「創刊4年目になる今年の夏までが踏ん張りどころ。絶対につぶすわけにはいかない」。

●高校生から手紙

 事務所で販売補助として働く吉田耕一さん(26)も水越さんについて「いつ休んでるんだろうと思うぐらい働いてるけど、それを表に出さない」と評する。

 03年に大阪市が実施した調査によると、大阪市内に暮らすホームレスの数は約7000人と全国の3分の1に上る。行政側も短期入居施設の設置など支援策を打ち出すが、効果はなかなか出ない。

 水越さんらの姿勢に共感して支援活動に飛び込んでくる女性もいる。4月から「ビッグイシュー」で働き始めた田村苗香さん(26)もその1人。天王寺出身の田村さんは「自宅の玄関を開けると目の前にホームレスが寝てることもしょっちゅう」という環境で育った。「自分の住んでる街のことだから、少しでも何かしたい」。不安を訴える両親を説得し、販売補助の仕事に就いた。最初は田村さんと目を合わせなかった販売員が「気さくに話しかけてくれるようになった」と手応えを感じる。

 明るい兆しもある。若手歌手の特集記事を掲載したのを機に、高校生など若い層の読者から手紙が届くようになった。「ビッグイシューを早く軌道に乗せて、次は就職したホームレスの相談窓口をつくりたい」。4回目の夏を前に、水越さんは決意をにじませた。
(大阪経済部 富田美緒)